2008年04月

太極拳のインストラクター養成コース。

この春から、インナー風水太極拳のインストラクター養成コースを始めました。

TaoZenのプラクティスは、瞑想、呼吸法、太極拳や気功、そしてヒーリングセラピーと大きく分けると4つに分けることが出来ます。
その中でも、もっとも基本になるのが瞑想です。
本来ならば、すべてのことの基本をある程度マスターしていただいてから、それぞれのインストラクターになっていただきたいと思って、数年まえに考えて単位制を始めたのですが、それではとても時間がかかること、そして人によっては得意不得意があること、興味もすべてとは限らないことなどと考慮しました。
一つ一つの科目でインストラクターを育てていこうと考えました。
なぜ、今回はインナー風水太極拳を選んだかというと、比較的覚えやすいし、見て分かりやすい。他の方にも、太極拳なら説明しやすいだろうと思ったからです。いきなり瞑想となるとなかなか、目にも見えないし、宗教的な感じもするかもしれませんし。
昨年やった天真爛漫太極拳を受けた方もぜひ、挑戦していただきたいと思っています。天真爛漫太極拳を覚えた方には、インナー風水太極拳はかなり優しいと思われると思います。

今回のインストラクターになるためには、太極拳のWSを3回以上参加すること、その他の瞑想などのWSを2回以上(過去に参加したものも含む)今年の秋にやる49日行か、夏のリトリートに参加すること。
インストラクター養成向けのWSに参加する。とともに、実地試験を合格する。
ということになります。

この太極拳は、ユニバーサル・ヒーリング・タオでも、行っている型と全く同じものです。

少しずつですが、こうしてインストラクターを養成していき、タオゼンの仲間を増やしていきたいと願っています。

自分だけが習って、自分にいいことをするもの楽しいのですが、それを人とシェアするという楽しみも素晴しいものがあります。

合格するのは、決して簡単ではないかもしれませんが、ぜひ、挑戦してみてください。

詳しいことは、www.taozen.jp まで。

もう一人のアメリカの父。

4月12日に、ライアン氏を紹介しましたが、今日はもう一人のアメリカ人の父を紹介します。
アーロ・シュライバーといい、今は80歳くらいでしょうか。オレゴンに住んでいます。
出会ったのは、看板の仕事でした。もう20年近く前です。
ある日本の企業の企業広告としてアメリカの各都市のハイウエイに約40もの看板広告をすることになったのです。僕が一人で担当でしたが、看板なんてやったことがなかったので、結構大変だった。その中でサンフランシスコでも一番いい看板が見つかったのですが、そこの持ち主を連絡がつかない!何度も連絡をしても返事がない。
で、ようやく向こうから契約書がいきなりやってきた。僕はそこでレターを書いたのです。僕は実際に話したことのない人とは、たとえクライアントのことでも、僕はビジネスはできないし、まして連絡もなくいきなり契約書とは、納得できない。ビジネスをしたいと思うなら、顔を見たいと、かなり厳しいレターを書いた記憶があります。
相手はサンフランシスコだというのに。
そしたら、丁度、僕がサンホゼでやっていたLGAゴルフの下見に出かけることになった。そしたらオーナーのアーロが空港まで迎えに来てくれて、サンホゼまで送り迎えをしてくれたのです。片道2時間位だと思います。
初めて会ったのに、いろいろ車の中で話をして、すっかり父親と息子みたいな感じになった。

アーロは、全くお金がないところから、自分で多くの看板を全米に持つようになった男で、とにかく気がきく。
ビジネスというのは、関わっている人が皆利益をもたらさないと駄目だと、心から信じている人です。

それから、NYや、サンフランシスコや、シカゴや、いろんなところであった。その後、ビジネスも多少しましたが、彼の家族とも皆会って、家族を皆連れて日本旅行もしました。

彼の親戚は、人数が多く、皆で100名くらいになるのですが、その全員をハワイに招待したこともあります。
なにもないところから成功して、皆にいいことをしてという、将にアメリカンドリームの一例です。
でも、長年一緒にいた奥様と離婚したときには、とてもガッカリされていました。

もうこの10年以上、リタイアするといいながら、まだ、全米を飛び回っている忙しいテディベアみたいな可愛いおじい様です。

いろいろ問題のあるアメリカ社会ですが、本当に心の広い人も育つ土地です。やはり土地自体に力があるのではないかと思います。

今度、ゆっくり話したいと思いますが、アメリカという国は、僕は得に好きなわけではないのです。でも、地球にとってとても大切な土地なことは確かです。経済的なことや、政治的なことを言っているのでなく、精神的なことで話しています。

今のアメリカが、そういうことに、気がついて行動してくれることを願っています。

沢山の素敵な人と会いました。今度は、ビートルズのプロモーターだったシドのことをいつか書きますね。この人も、まあ僕の叔父みたいな存在です。

TaoZen。5月,6月のワークショップ,スケジュール。

いつもギリギリでご免なさい。
TaoZenの5月、6月のスケジュールをご覧下さい。www.taozen.jpでご覧いただけます。

なかなか場所を確保するのが大変ですが、多くの人の協力で、とてもいいプランが出来たと思います。

ミッドタウンの素敵なスタジオでのりラックスしたワークショップでは、英語のクラスも行います。観音気功というのは、とても綺麗な動きを楽しんで頂いている間に、ハートが開くのを実感していただけます。

5月30日には、多くの人にぜひ、集まっていただき、皆で‘祈りの瞑想’を行いたいと思います。

タオゼン太極拳のインストラクターの養成コースの一環としてのワークショップも行います。

6月14日には、始めての試みですが、真っ暗な中での瞑想と呼吸法、それにミニ断食いたします。

なにか質問なりがございましたら、ぜひ、気軽に事務局にEメールを送っていただくか、電話をしていただければと思います。

もちろん、この場での質問も大歓迎です。

PAPAL(ローマ法王)が、そばを通過なさいました!

NYに昨日からPapal(ローマ法王)がいらしています。
ベネディクト16世というドイツ人らしいのですが、今回はアメリカでは初めて、ユダヤ人のシナゴークを訪れたり、明日はヤンキーススタジアムでミサをしたり、グランドゼロを訪れたりする予定です。
今朝、ペマ(愛犬)をつれてセントラルパークに散歩して、友人たちとシープメドウのところにあるカフェで朝ごはんを食べにいった。(天気のいい週末の朝の決まった行動です。)
その時に、すでに五番街には、人がいっぱい。朝9時ころなのに、昼1時にpapalが通るのを見るために並んでるとのこと。
フーンを思って、午後、家のそばのスターバックスでPCで仕事をしようと思って出かけたら、満員で入れず、それなら仕方がないと今まで行ったことのないアウトドアのフレンチカフェに座って仕事をしていたら。
そうです、Papalがリモで通ったのです。
隣に座ってホットチョコを楽しんでいた、オバサンも大興奮。
沢山の白バイで囲まれてはいるものの、本当にすぐそばでした。

僕はカソリックについては、殆ど知らないのですが、それでもなんとなくハートが開くものがありました。それはこのベネディクト16世がどうのこうのというのではなく、きっと多くの人がハートを開いて迎えているからでしょう。

一昨日81歳の誕生日らしいのです。かなりのハードスケジュールをこなしています。

そして今日は、ユダヤ人はPASSOVER(過ぎ越しの祭り)の最も大切な日。モーゼが海を開いてユダヤ人を引き連れた日です。
そして満月。

きっとなんか特別な日なんでしょう。

帰ってTVで観たら、Papalは、英語で法話(というのかなあ?)をしていました。かなり分かりづらい訛りの強い英語ですが、心がこもっているのが力強い。その後でスペイン語でも話された。集まっている人は、とてもいい笑顔だ。昨日は国連ではフランス語でも演説をなさったらしい。
なんか不思議だけど、こういう精神のシンボルを持っているということは幸せなことだろうなあって感じました。

とにかく、ラッキーな感じに包まれた土曜日でした。


二人の僕のアメリカの父

僕が、NYに来たころは、ちょっとしたことを、どうしたらいいか分からなかった。例えば、電話線をひくにも,レストランでオーダーするにも、大変なことだった。それに精神的には、とても追い込まれることがしばしばだった。
そういう時に支えてくれた人が沢山います。マスターチアもその一人だけど、二人とも英語の怪しいアジア人ですから、お互いに頼りあっていたという感じだったかもしれません。

僕にとって,アメリカ人の父となってくれた人が二人います。

一人は、ミスターライオン。
古い広告業界の典型的な人だった。いつもキチンとしたスーツで、金曜は昼に食事をして、そのまま郊外の家に帰るのが常でした。
僕は、月に一度、同じフレンチレストランの、同じ角のテーブルで、昼をご馳走になったものです。僕は、広告のことが分からず、よくライオンさんに訪ねたり、あるいは、彼の友人を紹介してもらったりしました。
彼とは、一度も仕事をしたことがありませんでしたが、彼がリタイアするまで、このランチは続きました。

いいとこの育ちの人で、趣味はF1カーレースと葉巻。彼自体は、中級の管理職でしたが、紹介してくれる友人は、皆、大きな広告代理店の社長とか、出版社の社長とかでした。奥様は、ぐっと庶民的で野球が大好き。メッツの熱狂ファン。丁度、僕がメッツのスタジアムに看板をアレンジした頃だったので、ランチのお返しにチケットを差し上げていました。

僕が、アパートを購入しようとした時にも、離婚をしようとしたときにも、彼は、とにかくサインする前に見せなさい、といってくれました。

久しぶりにライオンさんに電話をしてみました。
奥様の具合が、この半年とても悪くて、彼が看護をしているそうです。息子とは、いろいろあって、話もしなくなったとか、いろいろ長い話をしました。

今は、フロリダとニュージャージーに住んでいて、NYには5年も来ていません。

懐かしいランチをしたフレンチレストランは、今はもうありません。そこで、良く戦争の話やら、女の話やら、仕事の話やら、沢山してくれました。
英語もままならない日本人の僕に、全く利益を考えないで心を開いてくれた人の一人です。
ランチの会話で、彼の暖かさに何度か僕は感動して涙が出たことがありました。
“Your phone call made my day!Than you.”という言葉で終わりました。あり難いのは僕のほうです。
電話を切ってから、やはり涙が出てきました。今は、82歳くらいだと思います。かつてのプレイーボーイが、海辺の大きな家で、奥さんの介護をしている姿を思い浮かべながら。

もう一人のアメリカの父、ミスター・シュライバーのことは、また別の時に紹介します。

シュライバーさんにも電話をしてみました。久しぶりに二人のアメリカの父親と電話で話しをしました。

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