2008年07月

ジンバブエのインフレは、200万%!?1000億ドル紙幣

最近、ジンバブエのインフレが凄いという新聞の記事が気になります。
僕は、4年くらい前にジンバブエに行きました。その頃でも、普通の航空会社の乗り入れは一社しかなく、南アフリカに行ってから、それからプライベートジェットで行くしかありませんでした。
友人みんなで、有名なサファリに行くというものでした。サファリのことは、またいつかお話したいと思います。
サファリの中はドルですが、街に行くので、現地のお金が必要だというので、お金を変えることになりました。僕が皆からの100USドルを持って換金してきました。7人で行ったので700ドルだった。
正式な換金率は確か、50ジンバブエドルくらいだが、実際はその50倍くらいだろうと書いてあったと思います。実際に換金したら、(きちんとしたホテルで)なんと確か100倍くらいでした。それでもブラックマーケットよりは安かったらしい。結構多きなバックパックをしょっていたのに、それには入りきれなかったことを覚えています。
帰ってきて、ベッドにお札の束をぎっしり並べて、皆を呼んだ。
なんとなく麻薬の取引をしているような感じだった。その時は確か、みんな100ドル冊だった。最近は1000億ジンバブエドル紙幣を発行することに成ったらしい。
僕のときは、コーラが2000ドルくらいだった。お土産で木のクラフトを買ったときなんかは、数字が大きくって良く分からない。札束がどっさりでした。
ジンバブエは、ムガベが大統領になる前にはアフリカの国の中でも裕福な国だった。得にコットンは有名だった。今は、もう人権もエイズの問題も、経済も酷いものです。

国際問題なはずですが、アメリカもヨーロッパも、積極的には関与していない感じです。やはり石油のような資源がないからでしょうか?

それにしても、世界の状況は、僕がバックパックでインド旅行していた70年代後半よりもずうっと悪くなっています。
これは、我々の世代の責任ともいえます。我々の世代は、環境も安全も怖している世代のようです。これから、やれることはやっぱりやらないといけないのではないだろうか?

それにしても、4年前にいろいろ親切にしてくれら、ジンバブエの人たちは、どうしたんだろうか?笑顔が綺麗だった。生きている人さえ、少ないと思う。
僕らは、自分の小さな悩みに囚われていすぎないだろうか?

1000億ドル紙幣は、可笑しくない。悲しい。怒りさえ感じてしまう。誰に対しての怒りと苛立ちかは分からない。でも、僕らの世代は、自己中心で、かなり無責任なのではないだろうか?

今、ペマとセントラルパークにいます。

天気の良い土曜日。
愛犬、ペマと一緒にセントラルパークにいます。

僕がNYにいないときには、僕の親友でビジネスパートナーの夫婦(ペルシャ人とフランス人の夫婦)がペマの面倒を見ています。

セントラルパークは、それにしてもアクティブな公園だなあ。
朝来たときには、ランニングの競技みたいなものと、自転車のグループがいた。
僕の目の前には、今ヨガのクラスが行われている。一人のオヤジが結構凄いポーズを自慢げにやっているのが可笑しい。
その横には、スタイルのいい女性たちが、ミニマリズムの水着で日光浴。犬ずれ、子ずれ。午後にはここでサマーステージというコンサートが始まる。パーカッションの人たちが集まる場所もある、ローラーディスコもまだある。人種もいろいろ。とにかく、それぞれ何かとやっている。
中国の公園でも、人はいろんなことをしていました。でも、なにかが一緒な感じで、小学校の昼休みたいな感じが可笑しかった。
フランスの公園は、もっともっとノンビリ。ホリデイはいつもでもあるからユックリという感じ。日本の公園は?あんまり行ったことがないので、今度行ってみよう。

僕は午前中はペマと一緒にタオゼンの英語の本の構想を練ることにした。セントラルパークは、どこでもホットスポットになっていて、ワイヤレスネットワークが繋がります。

ペマはセントラルパークに来るときは、何故か分かっているようで、楽しそうにやってくるのですが、帰りは全く歩いてくれないのが普通です。あいつの好きなバーニーズまでは歩きますが、バーニーズに寄ってからは、僕が背負っていかなくはいけません。
きっと今日もそうでしょう。

セントラルパークは、大好きなスポットです。

食は愛。 食はアート。 食は気功だ。

今回のフランスでは、いっぱい美味しいところに行きました。
日本でも美味しいところに行きました。

今までに、仕事や友人と本当にいろいろな美味しいところに行く機会がいっぱいありました。
考えてみると、僕は小さいときから外食が多かった。
両親が食堂をやっていたので、その食堂で自分でオーダーして食べることも多かった。家が忙しかったので、小学生のときから、一人で寿司屋にいったり、レストランに行ったり、ホテルのダイニングルームに行ったりもしていた。
そして17歳のときに一人暮らしをし初めてから、今まで殆どが外食だ。
結婚していた時でも、一緒に住んでいても、外食が多かった。
一体今まで、食にどのくらいお金を使ったんだろう?

栄養のバランスも悪いだろうに、ここまで大きな病気もしないで来れたのは、瞑想や、気功のおかげだろうか?
食べるものに気はつけているつもりではいます。でも、外食ではなかなか栄養のバランスを取るのが大変です。

完全な菜食だったことも何年かある。毎年15日くらい断食していたこともある。
いろんなダイエット(USでは、ダイエットというのは、食事法という意味です)が流行ると必ずやってみます。ハイカーボ、ローカーボ、ローフード、ハイプロテイン、ゾーン、マクロバイオテック、、いろいろやってみました。
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          (食材にも、愛や氣が充実していないと美味しくない)

そこで、最近、考えることがあるんです、食ということに。
上手く説明ができるかわかりませんが、やってみます。

要は、僕の好きな、そして美味しいと心から思える食というのは、愛とかケアとか氣とかがどのくらいあるかということだということです。
食物が作られたり、捕まえられたりして、その後、輸送されて、それから料理されて、それで、サービスされて、食べられて、消化されたり排出されたり、それが食べるという大きなプロセスです。このすべてのプロセスで、どのくらい愛とかケアが含まれているかが、美味しいかということだと、今は結論を出しています。

調理の仕方、味付けとか、盛り付けとか、もちろん大切です。
でも、そういう小手先だけでは美味しいと思えなくなってきました。
最近行ったミッシャル・ブラや、ロブションや、畑中などは、もちろん美味しい。でも結局は、そこに愛とかケアが含まれているかが、最近味わえて来た感じなんです。

どんなに腕のいいシェフが作っても、サービスに心がないと美味しくなくなってしまう。食べるほうも、愛がない状態で食べると美味しくない。
オニギリなんかいい例です。握った人の手に心があるかないかで味がウンと違ってくる。その違いが、次の日に歴然とします。

食について話すときに味とか栄養とかは、もちろんですが、そこに愛とか氣とかが生きているかどうかがキーだと思うんです。
そして、それは味わうことが出来るものです。そして、栄養に関わってくるものです。

お母さんの味が一番!と言っているわけではありません。お母さんだから、必ず料理に、材料に、愛と氣でいっぱいというわけではありませんから。

この旅で、ベナスクというプロバンスの小さな村で、(ここはお勧めの場所です)夕飯をしました。村に一軒しかないレストランで、しかも安くなくって、きっと美味しくはないだろうと思って行きました。この村にはパン屋も一軒しかありません。
コースしかなく、しかもアペタイザーには、パテの盛り合わせ、メインディシュには、鳥にアンチョビのソース、それにチーズのデザート、などでした。どれもヘビーで僕が好んでオーダーするようなものではなかったのですが、実際に食べてみると美味しい。決して好みのものではないのに美味しい。心が入っている感じです。サービスしている人たちもフランスにしては珍しくテキパキとしている。サービスも気合が入っている。
この田舎のレストランは、チベットに援助をしているということまでメニューの隅っこに書いてありました。
なんか、好みでない料理をここまで、美味しく食べさせてくれたのが嬉しかった。シェフに、有難う!といわずに帰ってきたことが悔やまれます。こういう時になんか変に恥ずかしがったり、常識的になってしまう自分をみて、残念だなあって思うことがあります。
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(venasqueにあるレストランのアペタイザー)

NYの有名なNOBUや、MORIMOTO、MEGUなどは、僕の好きな系統の食事なのに、高いのに心が入っていなくってガッカリです。心のない高級レストランの典型です。食はエンターテイメントだとか、ビジネスだとか言っていますが、寂しい限りです。

食材にも、料理人にも、そして、食べ方にも、心というか、氣というか、そういうものがないといけないなあと、この数年感じています。

僕は、料理はできないので、少なくても食べるときに、心を込めよう、それと、心とかケアとか氣とかを味わって、なるべく楽しく頂こうと思っています。
美味しいということを、僕は長年、食材と料理法だとおもっていたけど、もっと別のディメンションがあると気がついてきました。そういう観点での身体と心と魂に美味しい食というものを探していきたい。

料理はアートなんだと思う。アートである限り、エンターテイメントでもないし、科学でもなく、計られるものでもない。そういうものだと、最近実感しています。アートである限り、作るということと鑑賞するということが一緒の次元にないといけません。


食いしん坊の道もなかなか、深いものがあるかも。
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            (南仏の太陽の氣を頂いています)

念願のミッシャル・ブラ(Michel Bras)で食べてきました。

今回のフランスは、ヨーロッパのタオゼンのスタートということと、ミッシェル・ブラというレストランに行くということがキーポイントでした。タオゼンのヨーロッパでのスタートということに関しては、何回か教えたことはありますが、もっと定期的にヨーロッパでもやろう、生きてみようという願いの始まりです。このことは、また別の機会にお話もできると思います。

とにかく食べることから!
ミッシェル・ブラという3星のレストランは、本当に田舎のど真ん中にあって、食材の味を生かす独自のスタイルをもつことで有名なところ。
7月のテーブルを取るのに4月下旬にNYから電話をして、それでもようやく、取れたというくらいでした。

middle of nowhereという表現がありますが、本当にそうでした。
パリからTGVで3時間かけてモンペリエという街にいって、そこでレンタカーして、それでくねくねの道をドライブして、3時間かなあ。
GPS(ナビ)を付けてもらったものの、それでも大変でした。
ようやく着いた。 laguioleという(僕はフランス語が全く駄目で、この場所の発音を何回かトライしたものの、どう発音するのか不明でした)ナイフで有名な田舎町から、もうちょっと足を延ばしたところでした。

周りは見渡す限り農場と野原。
そこにあるモダンでシンプルな建物が、このミッシャル・ブラ。ここに泊まって、それで食事をするというのが、コースです。

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最初は、なんか物足りない感じのモダンな建物ですが、これが僕にはなかなかピーンと来てしまった。でも一番、素晴しいと思ったのは、ガーデンでした。一見雑草と野の花が自由に咲いていると感じる庭ですが、これが相当計算されていて、その技が見えないくらいに心配りがある。
実は料理よりも、サービスよりも、宿よりも、僕は、この庭に至って感動したということが、後日分かったのです。こういう、はじめは気がつかないけど、素晴しいと後で思えるものって、僕は素敵だなあって思うんです。味わいが後で分かるみたいなものっていい。

肝心の食事は、もちろん素晴しい。得に野菜の味が一つ一つ感じるようになっているのが素晴しい。葉っぱ一つ一つが味わいがあった。5162be8c.jpg

10皿くらいくるのですが、どれも美味しいし、食材が引き立っていた。まあ、値段のほうも引き立っていたけどね。

それにしても、こんなわざわざ来ないといけないところで、昼も夜もテーブルがいっぱいになるということが凄い。殆どの人がフランス人でしたが、他のヨーロッパ人もいました。
キッチンも見せてもらったけど、ピッカピカでした。

朝ごはんも、フレッシュにベーキングしたパンや、ローカルのチーズなど、満足です。

こういう贅沢は、年に数回出来たらいいなあって思った。

サミットがあった洞爺湖にブラが世界でたった一つ支店をだしているのですが、そちらも美味しいのでしょうねえ。いつか行ってみたい。

今回のフランスの旅では、いろいろな食をした。
そこで感じたことがあります。
それは、また明日にでも、

今日は、とにかくミッシェル・ブラの美味しい、洗練された食事の香を送りたいと思います。
もう10日くらいたったのに、僕の舌には、その時の食の感触が残っています。

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         ローカルのチーズのセレクションも凄かった。デザートも美味しかったけど、残念ながら、食いしん坊が先立って写真を取るのを忘れました。   
 
***
ああ、さて、今日は久しぶりに、NYのごってりバーガーでも楽しもうかなあ。僕はパンはバンではなくライトーストにしてもらうんです。

ニースでジールの誕生日パーティに参加しました。

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久しぶりです。御免なさい、フランスでは、忙しくてブログを書けませんでした。夜、書こうと思っていたのですが、チネイザンの本の構成なども、必ずパリで仕上げたいと(なんか縁起がいいような気がして)思っていて、そういうことで時間が取られていました。

プロバンスで、数日バカンスを頂いてから、ニースにジールに会いに行きました。ジールは、前も紹介しましたが、僕の親友の一人でサンフランシスコでチネイザン・インスティチュートをやっています。彼の誕生日を実家でやるというので、6時間以上もかけてドライブして会いに行きました。
レンタカーにはGPSを付けてもらったのですが、これがなかなか信頼しきれない。何所に行くにも、予定よりも時間がかかるんです。きっと、僕が道を間違えているのかもしれませんが、なかなか手ごわいものでした。しかも説明はフランス語だしねえ。

ジールの母親の家は、ニースから30分(まっすく行くと、僕の場合は1時間かかったけど)の山のほうにありました。彼はニース生まれで、4分の1、ベトナム人の血が流れています。

ジールの誕生日というので親戚一同が集まって、プールの横で昼ごはんに夕飯という一日中食べているパーティでした。

僕らは、もちろんチネイザンやタオのことなどの話に熱が入りました。
いつかジールも日本に招待したいと思っています。

それにしても、フランスはパンとバターとチーズが美味しい。これにワインも加わるのでしょうが、僕は飲めないので分からないけど。
とにかく毎日パンとチーズをいっぱい食べた。でもこれは決して身体にはよくないようで、身体が重い感じです。
沢山美味しいフランス料理をいただいた旅でしたが、食についてもいろいろ考えました。
身体と心にいい、美味しい食事ということについて。

それにしても、いろんなところに友人がいるというのは幸せだなあって感じました。
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